MEMO

【世界】
「交換とは平和的に解決された戦争であり、戦とは交換が失敗に終わった結果である。」 レヴィ=ストロース

人間対人間の格闘は、明らかに真の戦闘の真の基礎である。【クラウゼヴィッツ】(日本白兵思想の淵源か?)

火薬兵器の始まり 1320 → 16C中心的役割 規格化された軍需品 18C
着脱式銃剣 18C

ヴァリャーギ親衛隊

マスケット銃が歩兵を作り,歩兵が民主主義をつくった。
 −アルケビュース銃/マスケット銃

200米先の3階建ての家で3発に1発 1777年
18C TEST 標的 30m*2.1m 75m 36/60(60%) 150m 24/60(40%)

1816-1983 死者数格付け [内1945-1983 2000万 東アジア900万アフリカ350万南アジア250万中東50万上]
(1)WWU 5400万上(2)WWT 1100万上(3)日中戦争(37-39)(4)朝鮮戦争 (50-53)3/400万(人口三千万)
*ベトナム戦争 200万(米5万)/モザンビーク・アンゴラ(80-88)150万(人口2300万)/インドネシア政治的虐殺No1 50万

1916 ヴェルダン会戦 参加200万 死傷者100万/ソンム会戦 英軍戦死42万 初日6万
(仏)160万(英)80万(独)180万(米)11.6万〈17-18年西部戦線のみ〉*オックスブリッジの1/4が戦死
WWU推定死者数 ソ連・ポーランドユーゴ 10-20% 日独伊・中国・ハンガリー 4-6% 英仏 1%
ソ連死者数 1100-5000万 独軍ロシア兵捕虜 330万/570万死(ソ連 1959年 35-50代 男4女6)
トルコ-アルメニア人 150万 ユダヤ人 500万
難民 1914-1922 500万 WWU 4050万 インド 1500万(死者200万) 朝鮮戦争 500万 パレスチナ 130万

1806年 イエナの会戦 仏軍1500発 (WWT) 生産 仏・20万発 露・15万発/日
軍動員 WWT 英12.5% 仏 17% WWU 20% 

1920年代 日本 世界工業生産の2.5% WWU間 米成長率 10%
WWT後の敗戦国 全面的革命 世界革命 WWU後 ナシ

中国 1959-61大飢饉 4000万 59年6億7207万 61年6億5859万(予測6億9900万)

生き残った兵士の荒々しい優越感

オスマントルコの軍楽隊 ネヘテルハーネ
C
Chevalier 仏 Ritter 独 騎乗戦士の意 Knight→独Knecht/従者・馬丁

弩兵 イタリア・プロヴァンス

近世ヨーロッパ戦史 1494年 仏・伊戦争 シャルル8世軍 騎・歩・砲

大騎士隊 Great Company

傭兵隊 ゴンツァーガ家 エステ家 コロンナ家 ウルビーノ/モンテ・フェルトロ ミラノ/ヴィスコンテ家 スフォルツァ家

SPEAR(投げ槍) LANCE(突き槍) PIKE(槍) HALBERD(矛槍)

1302 コルトライクの戦い クルトン市民vsフランドル伯 重装騎兵時代の終焉
1315 モルガルテンの戦い スイス農民兵
1339 ローベンの戦い 
1388 ゼムバッハ スイスvsハプスブルグ(矛槍) 
1476・1477 vsブルゴーニュ PIKE
1400−1500年代 傭兵の時代

封建社会:軍事的専門化、土地保有権、個人的義務

弩:ヨーロッパでは12世紀発明、14世紀前半、ジェノバの弩兵(歯車使用)

戦闘技術の飛躍的発展:百年戦争前後で展開 ・1470年代:近代的団体戦の原理確立。

800年:カール大帝軍5,000騎、1066年:ウィリアム軍7000騎ハロルド軍8−9000騎(ヘイスティング集合1/2)
1339年:エドワード3世軍1600騎・騎弓兵1500騎・弓・槍兵1600・計4750、+蘭独兵800他
1346年:クレシー両軍18000、1356年:ポアティエ10000、1415年:アジャンクール11000m
1494年:シャルル8世軍、1000槍隊(各6騎)歩兵・弩兵12000、後不十分として30000程度徴集。

1326年:フィレンツェ文書に「砲」の語アリ、1346年:クレシー砲使用の年代記アリ。1346-47年カレー包囲戦10門の砲あり(実用段階)
1400年前半:投石器の代用、大型化(半ば大小の砲に変わる) *1438年:カスティリア王弟大砲にて戦死。
(15世紀は銃よりも大砲) 1520年代:カール5世大砲口径規格化。1567年:仏軍弓隊から銃隊へ

攻城速度:1346年3ヶ月、1442年3-4週間、1451年ブール、砲の到着で開城、1489年シャルル8世5隊150門(軍事費の8%)

西ヨーロッパ:鐙8世紀、蹄鉄10世紀、槍の改良11世紀、10世紀オットー1世マジャール騎馬群の撃破。*アングロサクソンは11世紀でも歩兵戦に執着
1066年:ヘイスティングから1302年クールトレーで都市の歩兵が仏騎兵を破るまで250年騎士黄金時代
14世紀初頭まで鎖帷子、長槍の衝撃は盾で。14世紀後半金属板補強(矢の貫徹力の増強のため)
*1302年クールトレーの合戦(金拍車の合戦)仏王vsフランドル市民歩兵、1314年バノックバーン:エドワード2世vsスコットランド、1315年モルガルテン:ハプスブルグvsスイス、1346年クレシー:7000の弓兵、例外1382年ロッゼンバックの戦い
14-15世紀装備・戦法・編成の変化/鎧の重量化(対弩・槍・矛)プレートアーマー/盾無し(金属工業技術の発達、高炭素鋼の甲冑)
16世紀完成期オールホワイト→マクシミリアン型(1510〜・表面に褶曲)17世紀初頭重装甲の消滅。
*乗馬の消耗:脚(1471年軍令3頭)←軽装歩兵矛 1417年(弓・矛)・騎兵(騎兵の下馬戦)



火器 攻撃のための補助的な兵器から防御における決定的な兵器へ  1503 セリニョラの戦い → 1525 パヴィアの戦い 
スペインの部隊(テルシオ)1534 3000名/それぞれ槍1マスケット銃1 (伊では 1対6)
 *15C末まで 機動性の槍方陣 大砲 騎兵の急襲(→カラコール戦術/拳銃)

フリントロック&銃剣 17C最後の20年 軽騎兵→トルコ東ヨーロッパ 龍騎兵→マスケット銃 国内鎮圧用 

第95ライフル連隊−ベーカー・ライフル

火薬兵器の始まり 1320 → 16C中心的役割 規格化された軍需品 18C
着脱式銃剣 18C

14C 野戦戦術の変化

ハンス・ヨアヒム・マルセイユ大尉 1942/9/30戦死 158機 Bf109F-4/Trap”イエロー14”
【第52戦闘航空団】 Bf09G、撃墜1万機以上 ゲルハルト・バルクホルン少佐(301機) ギュンター・ラル少佐(275機)ヴィルレム・バッツ少佐(237機)
 ヘルマン・グラーフ大尉(212機) ヴァルター・ヴォルフェルム中尉(137機)ディートリヒ・フラバク大佐(125機)エーリヒ・ハルトマン少佐(352機)
アドルフ・ガーランド中将−51戦闘航空団〜第21戦闘機隊総監
ヴェルナー・メルダース大佐 初100機 (他スペイン14機) ハルトマン・グラッサー少佐(100機)

馬 (高跳2.5m、幅8.3m、運搬力体重1/3) (高名馬)カンタカ、ブーケパラス、騅、赤兎馬

BC4000 銜(騎乗?)

30年戦争:戦死35万、死者800万(ボヘミア200万→70万)

モンゴル軍 1日200km *記録 1頭20時間311km (プロイセン軍60km)
(軍団単位)1221年 210km/2日 1241年 290km/3日 スブタイ(冬深雪) 単騎965km/9日
モンゴル軍 弓(166ポンド75kg)>ロングボウ 200〜250m


騎馬適当馬 (14.2ハンド(144cm)ホース ポニー 1ハンド4吋) 中国 5尺8寸(130cm)*民間120cm*日本でも4尺3寸(130cm)

車両 BC3000年代・メソポタミア 戦車BC1700年頃文書 −西方型、車軸前方 
*カデシュの戦い BC1285 ラムセス2世 vs ヒッタイト・ムワタリ王 オロンテス川西岸 2万 vs 2万

ギリシャ・ローマ 下車戦闘 古代オリンピック 4頭立てレースBC684 乗馬レースBC644

騎馬普及 BC12C〜14C 騎乗戦闘 BC9C〜7C

戦争とは別の手段による  政治の    継続である。  
戦争とは別の調停手段を伴う政治的な取引の継続である。


「戦争は将軍達に任せて置くには難し過ぎる。」 クレマンソー

1420年頃 フス派戦争 ベーメン(チェコ) ヤン・ジェシカ(1376-1424) ワーゲンブルク(車城)+手砲 1/3位
1494年 イタリア戦役〜(中世→近世) ハプスブルグ;ゴンサルボ・デ・コルドバ
(対騎兵)歩兵(1453〜1515) 野戦築城(1503チェリニョーラの戦い)+小銃1/6
1510 ベネチア歩兵隊1割 *スイス傭兵の変化もこのころ(それまではハルベルト・矛槍とパイク)
1500年前後アルケビュース銃 1550年頃マスケット銃 (日本にはどっちが) (フリントロック−1615年頃)

欧州近代騎兵 1557 騎馬兵から

多数列発射/1507年ごろ(列ごと旋回 スネイル・シュネッケ 独)/1590年代 6−8列(最後尾につくか、後ろの列の前進をやり過す。蘭・マウリッツ)

1647 歩兵大隊1/2槍兵1/2マスケット銃兵(18.6mm・火縄式→1670・16mm・19Cまで)
1671 プラグ式銃剣(近衛フュジリエ連隊*、フュジリエ-火打ち式軽小銃)
1699 火縄式廃止 1703槍兵廃止(スイス部隊)  *真の砲兵連隊 1693王立砲兵連隊 ・1684王立砲手連隊 臼砲と大型攻城兵

軽騎兵←ハンガリー騎兵←オスマントルコ騎兵軍団 *1160km/25日1806対プロシア
1692 脱走兵で編成→1698 王立ドイツ騎兵連隊 →1706 ヴェルサイユ軽騎兵

軽騎兵 ユサール(ハンガリー軽騎兵) 猟騎兵 槍騎兵
重騎兵 胸甲騎兵 胸甲選抜騎兵   中騎兵−竜騎兵 機動歩兵 フリントロック・マスケット銃

グラン・ダルメ (Grande Armee) ルイ14世大陸軍

ブラバンド(ベルギー中部)の傭兵 非常に機動力のある歩兵隊 ・高い

ナポレオンの率いた軍隊は「国民」の軍隊だった。クラウゼヴィッツ

フリードリッヒ大王 プロイセン500万人
即位時軍隊 83000人 末期 190000人 (1756 歩兵89000 騎兵32000 守備隊20000)
死者180000人(負傷者・脱走者・捕虜 カウントせず)
外国人1/3から1/2へ(1763 45連隊8% 46連隊 フランス陸軍からのスイス人脱走兵)

南北戦争 2,772,408人 軍関係者
199045人脱走 183287人病死 61362人戦死 34773人負傷後死亡 6749人行方不明 306人事故死 267人処刑

スペインの歩兵連隊の誕生 1503アラゴン王フェルナンドナポリ占領(名将ゴンサーロ・デ・コルドバ)

中国  火薬 9C 火器11C(年代判明1356)

火薬価格:1370年代1ポンド/10シリング、1420年代5シリング、15世紀末2シリング弱

1314or1319フランドル(1317 カレー包囲戦) 1324メッス 1326フィレンツェ 1327イギリス 1331フリウリ包囲戦 1346 クレシーの戦い 戦場に大砲出現 
 →本格活用 フス戦争(1419-1436)軽砲搭載台車 *1420 粒状火薬の発見 
リチャード2世(1367-1400)巨大砲 136-272kg 1450 フォルミニー 1453 カスティヨン シャルル7世 ビュロー兄弟の砲兵隊(機動性あり)
ヨーロッパ戦争に不可欠になるのは1494 シャルル8世 イタリア戦役 *城壁の弱体化(→30年)対応策1530年OK
1544 カール5世 口径7種類に整理 アンリ2世6種類 *攻城砲 900歩 野砲400歩
仏ルイ15世 ドヴェリエール将軍のシステム(継続−1776)グリボーヴァルの改革

1453 トルコ軍 大巨砲 対コンスタチノープル *1248 エジプト 硝石-「中国の雪」
1366 カイロ 1376 アレキサンドリア 1389 エジプト・シリア 大砲普通に使用 *15C初頭 中国製大砲>ヨーロッパ製 15C末逆転

【艦砲】
1338英艦メアリーオブタワー? 1372 カステーリャ(40隻大型艦5隻)英艦撃破 1378ヴェネツィアvsジェノヴァ-大砲なし
1440 トルコガレー船大砲あり 1498トルコ砲艦ヴェネツィア艦船臼砲で撃破 (平射カノン砲は1550年以前はなしか)
16C前期以降 海賊の時代 あらゆる船武装化  →小型船の優位性 船舶武装の一般化(16C-17c)10容積トンあたり1門
【火縄銃】
15C末出現 実際上は16C初頭 1512 ブレシア攻防戦 1524騎士バイヤール打ち倒す(鉄矢) *ドイツ・イタリア・スペイン から フランスへ
1525 パヴィア スペイン軍の火縄銃 仏軍を打ち破る (仏)槍兵2銃兵1 (西)アルバ公 槍兵1銃兵1
1576 (独)槍兵5銃兵3 *17Cまで 槍は「武器の女王」 グスタフ・アドルフ 槍兵1銃兵2
1630年 マスケット銃改良 →仏軍採用1703年 銃剣完全普及 17C末
*1588 ヴェネツィア 大砲2431門 火縄銃7000挺 マスケット銃1000挺 砲丸123,790個(50個/1門) 1683 (仏)艦隊搭載大砲 5619門 (英)8396門

傭兵
1494 仏   騎士13,000  歩兵 15,000 1515 パヴィア 騎士5,000 歩兵24,000 1552 メッツ 騎士6,000 歩兵32,000





各国兵員数の増加
スペイン オランダ フランス イギリス スウェ-デン ロシア
1470 20,000 - 40,000 25,000 - -
1555 150,000 - 50,000 20,000 - -
1590 200,000 20,000 80,000 30,000 15,000 -
1630 300,000 50,000 150,000 - 45,000 35,000
1650 100,000 - 100,000 70,000 70,000 -
1670 70,000 110,000 120,000 - 63,000 130,000
1700 50,000 100,000 400,000 87,000 100,000 170,000

1544 ヘンリー8世 仏侵攻時 傭兵 スコットランド人・スペイン人・ガスコーニュ人・ポルトガル人・イタリア人・アルバニア人・ギリシア人・トルコ人・ダッタン人・ドイツ人・ブルゴーニュ人・フランドル人
〔ネーデルランド独立戦争〕スペイン軍 イタリア人・ドイツ人・ブルゴーニュ人・ネーデルランド人 オランダ軍 イングランド人・フランス人・ドイツ人・デンマーク人
1400年代 スイス人口60万人 人口減少 15C 5〜10万人 16C 25〜30万人
スイス政府傭兵禁止令:1927
国防義務:14才〜70才、スイス
スイス傭兵15C(1499)ランツクネヒト15C〜1618:1522.ピコッカ、◎1525パヴィア

1302:コルトライク(クールトレー)の戦い、重装騎兵時代の終焉 1315:モルガテンの戦い-1386:ゼンバッハの戦い、スイス農民兵=傭兵 /1400−1510年代傭兵の時代

大騎士隊:Great Company/1338-1354
傭兵隊長「契約者」

仏革命:国王軍の制服の白・国民軍の赤と青

「国民が有効に祖国を守るべきであるとするならば、国民にまず祖国を与える」グナイゼウ

近代の軍事的有効性:国民の「人力」と戦略的に適当な「鉄道網」との組合せ。
→福祉、出生、教育−社会政策(英)対露戦争

「最も長い財布を持つ側が勝つ」英将軍

徴兵制とファシズムの関係?−戦争の強烈な肯定。

フス戦争

パトリキ?
仏外人部隊:1831
マルチン・ルター「戦争においては・・・戦争の慣わし通りに殺戮し、強奪し、放火しあらゆる災害を敵に加えることが、キリスト教的であり、愛の行為なのである。
ヨーロッパは本質的に「暴力」的社会であった。
3000人の連隊/4000人の売春婦と少年+商人・40,000人の軍団と14万人もの輜重隊
軍隊の国家化の完成 1800年頃
経済活動は暴力と緊密に結びついていた。→掠奪は所有権を取得する合法的行為




【連合軍の戦略爆撃の規模 】
       期間     投下爆弾量    死者        連合軍の爆撃機の損失
ドイツ    35ヶ月    170万トン   30万5千人       米1万機 英1万2千機
日本   約10ヶ月     16万トン   30万+原爆21万人     約450機

【日独高射砲の配備数】

ドイツ   '39年 2800門   '43年 1万5000門   '44年 2万6000門
日本    '41年 880門    '43年    850門

【ヨーロッパ戦線の連合軍航空戦力の損失 (ドイツ軍の輝かしい戦果)】
アメリカ航空軍  航空機1万8400機喪失  5万4700人死亡  4万200人捕虜 ← 
イギリス空軍   航空機2万2000機喪失  7万6300人死亡   7400人捕虜 ← 

【Battle of Atlantic】商船員145000人 戦死者32000

アフガン紛争でのソ連軍関係の数字(ベトナム戦争中の米軍)
派遣兵力     11万5000〜12万人(54万3400人=1969年)
死  者      1〜1.5万人     (57,605人)
負傷者      2.3〜2.8万人    (303,700人)
戦  費       250〜330億ドル   (1,612億200万ドル)
アフガン人死者  100万人         (300万人)



【日本】
火縄銃の試射 15間 (27米)

鉄生産 6世紀中頃


1920年代 日本 世界工業生産の2.5% WWU間 米成長率 10%
WWT後の敗戦国 全面的革命 世界革命 WWU後 ナシ

1552/備後外郡志川瀧山城攻め  1563/出雲白鹿要害詰口       1600/伊勢津城合戦 1       1600/伊勢津城合戦 2
矢   9  47%             鉄砲  33  74%           鉄砲  97  56%           鉄砲  35  52%
礫   6  32                矢   6  13              鑓  53  31              鑓  22  32
鑓   3  16                 礫   5  11              矢  22  13              矢  10  15
刀   1   5                刀   1  2                 172 100 (討死 54)      刀   1   1
    19 100 (討死  0)            45 100 (討死 5)                                  68 100 


1万石 235人 20挺(8.5%) 10万石 2155人 350挺(16%) *1711年 対馬藩 3900人 1158挺

幕末輸入洋銃(1863-1869)60万挺 (1855-1862)10万挺 *会津30万石 1811挺(洋1170挺)

戊辰戦争 官軍戦死3556/3804 幕軍4707/1518

1543年鉄砲伝来?:口径18mm:有効射程100m90センチ内外 初伝「鉄炮記」60年後の作 
1544年島津義久将軍に献上、1544年国友・根来で製造、1549年信長500挺発注、1560年桶狭間、1570年姉川、1575長篠3000挺

ポルトガル マラッカ占領1511年←沖縄 1466年中国式手銃 火矢(琉球) 1468年応仁の乱細川 *1380年倭寇船火砲で焼き払い*遣明船 硫黄

1543年鉄砲伝来
1466年琉球「火矢」/1380年頃朝鮮火砲を用いて倭寇を撃退/遣明船 硫黄 

「戦争」以前 「戦」(いくさ)−「役」(征服・鎮撫)(人民徴用)「乱」(内乱)「変」(クーデター) 薩英戦争

メッケル−兵器より精神力を、論理よりも実戦を重視する戦術家←戦略的思考の欠如


【日露戦争】
旅順戦、ロシア軍機関銃43挺(日本開戦時202挺保有) 28糎砲,普通の塹壕に対してすら威力不足。
19057-8月南樺太上陸作戦ロシア兵捕虜1千名虐殺事件。

日露戦争戦訓 中隊単位の集団前進から「小隊単位による相互躍進戦術」
第一次世界大戦 弾幕砲撃-味方歩兵前方3・400m可能 突撃行動も横一線から縦一線・波状隊形へ(中期以降
小隊・分隊単位の戦闘強化、下級士官・下士官の教育高度化。
「浸透戦術」

1865 普仏戦争 戦傷原因 銃弾:70% 砲弾:25%(仏兵)
1904 日露戦争 戦傷原因 銃弾:85% 砲弾:8.5%(日兵)
1917 T大戦  戦傷原因 銃弾:16% 砲弾:76%(仏兵) 
T世界大戦全期 戦傷原因:銃弾39% 砲弾:58%(英兵)
 
大二次大戦中毒ガス生産量(1930-1945)
日本:7,500屯 独:78,000屯 英国:35,000屯 米国:146,000屯 *日本毒ガス戦中止命令 /1944/7/14

「大和特攻」
日本:3721名 矢矧・駆逐艦 4隻   米:損失6・10機、損傷52機、戦死14・12名、負傷4名
(VS大和;380機、2時間 1000機、地上戦)

inserted by FC2 system