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第1次世界大戦において、フランスのルノーFT軽戦車が近代的な戦車の基本レイアウトを確立することになった。 しかし、このスタイルが各国に受け入れられるまでには時間を必要とし、独自の発想から、各国共に様々な形態の戦車を試行錯誤することになる。 そして、この試行錯誤から生まれた戦車の中に、複数の砲塔を備える多砲塔戦車があった。 この多砲塔型式を最初に考案したのは、またしてもイギリスで、その背景には、車体左右にスパンサンを設けて6ポンド戦車砲を装備した菱形戦車(雄型)の限定された旋回角の問題が存在した。 この装備法の場合、左右への射撃は、斜め前方から斜め後方までそれぞれ約200度の旋回角があったが、前方もしくは後方から接近する敵に対しては死角となり、さらに、片側から攻撃された際には、反対側の武装は全く使えないという問題もあったのである。 このためイギリス陸軍は、砲塔を車体中央に備えたMk.I中戦車(当初は軽戦車として分類されていた)を1924年に実戦化するが、このMk.I中戦車は、周囲への射撃を可能とするために、主砲以外に、砲塔各部と車体左右側面に機関銃を装備するというもので、非効率的な装備と見られたのもまた事実である。 このため、イギリス陸軍とヴィカーズ・アームストロング社は協力して非公式な研究に着手し、より効率的な装備法として、主砲を装備する主砲塔と、機関銃を備える銃塔を独自に装備するというレイアウトを考案するに至った。 この戦車は「インディペンダント」(Independent:独立)と名付けられ、ヴィカーズ社の自社開発という形で計画が進められたが、イギリス陸軍も4万ポンドの開発資金を与えており、実質的には、イギリス陸軍の試作発注と何ら変わるところは無かった。 1925年末には試作車が完成したが、3ポンド戦車砲を装備する主砲塔を囲むように、車体前後にそれぞれ2基ずつの、7.7mmヴィカーズ重機関銃を収める銃塔が配され、戦闘重量31.5t、全長8m近いその姿は、まさしく陸上戦艦という、イギリスが戦車開発に乗り出した創成期の思想の具現化というにふさわしいものであった。 装甲厚は、車体前面の最厚部で28mm、その他は13〜8mmであった。 乗員数は8名で、車体側面にはRTC(王立戦車軍団)からの要望で、標準型担架が搬入出可能な横長のハッチが設けられていた。 エンジンには、出力350hpのアームストロング・シドレー V型12気筒空冷ガソリン・エンジンを採用し、その大重量にも関わらず、路上最大速度は31km/hと、当時の戦車としては優れた機動力を発揮した。 しかし、最大の問題はそのコストにあり、さらに、独立した砲塔の旋回装置などの製作にも問題があって、各種試験を行ったものの、世界的な大恐慌も手伝い、結局、試作車1両が作られただけで終わってしまった。 この試作車は、後の歩兵戦車開発のためのデータ収集の目的で、1930年代中頃まで試験運用が続けられた。 なお、本車に触発されて、ソ連やドイツでも同じような多砲塔戦車が開発されている。 |
<A1E1インディペンダント重戦車> 全長: 7.747m 全幅: 3.20m 全高: 2.692m 全備重量: 31.5t 乗員: 8名 エンジン: アームストロング・シドレー V型12気筒空冷ガソリン 最大出力: 398hp 最大速度: 32km/h 航続距離: 武装: 3ポンド戦車砲×1 7.7mmヴィカーズ重機関銃×4 装甲厚: 8〜28mm |