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●開発 7.62cm PaK36(r)搭載型のマルダーIII対戦車自走砲が実戦化されて間もない1942年春、兵器局第6課は、中口径対戦車砲の本命として開発が進められ、1940年に実戦化された7.5cm PaK40のIII号突撃砲搭載型である7.5cm StuK40を38(t)戦車に搭載する対戦車自走砲の開発を、38(t)戦車の生産に携わっていたチェコのBMM社に命じた。 この要求は、1942年3月6日にベルリンで開かれた会議において出されたもので、BMM社の代表として会議に出席していたアレクサンダー・スリンは、この要求を引っ提げてプラハに帰り、早速開発を開始した。 開発に際しては、III号突撃砲を生産していたアルケット社から主砲周りの資料提供を受けて作業が進められ、同年3月末頃には、ラインメタル・ボルジーク社より送られてきた7.5cm StuK40を搭載した試作車が完成した。 この試作車は、7.62cm PaK36(r)搭載型マルダーIIIの装甲強化型に改造された38(t)戦車F型車台（車体製造番号507）が用いられたと思われ、車体上部には、軟鉄を用いて製作されたオープン・トップの戦闘室が載せられ、7.5cm StuK40は、III号突撃砲F型と同じく角形の駐退器装甲カバーが装着されていた。 このため、その後の生産型と戦闘室の形状は似ているものの、かなり不恰好なスタイルであった。 この試作車とは別に、BMM社では独自に並行して、7.5cm PaK40／3を搭載する対戦車自走砲の開発を進め、試作車の完成と前後して兵器局に提出した。 この案は、大型化された戦闘室や、機関室上面に設けられた軽め穴開きの空薬莢受けを備えるなど、後の生産型と大差無かったものといわれ、これを受けた兵器局第6課は検討の結果、先の試作車よりも完成度が高いと判断し、1942年5月18日付でこの案を承認して、試作車の製作を命じた。 この決定により、先の試作車は生産に移行すること無く終わっている。 7月に入って間もなく、38(t)戦車G型車台を用いた試作車が完成したようで、7月30日には、首都プラハ郊外のミロヴァイス戦車試験場において射撃試験が実施されている。 試験結果は良好で、直ちに生産が行われることになり、219-3951／42Hの発注番号で50両が発注され、「38(t)対戦車自走砲H型」としてSd.Kfz.138の特殊車両番号が与えられた。 |
●車体の構造 マルダーIII H型の車台として500両が発注されたが、その車台自体は、38(t)戦車の最終生産型となったG型と同規格で、これに、新たに開発された戦闘室を載せ、さらに、7.5cm PaK40／3を搭載するために、車体中央の戦闘区画も独自のものに改められている。 7.62cm PaK36(r)搭載型マルダーIIIでは、車体上部構造も戦車型とはかなり変化していたが、このマルダーIII H型では、生産性を高めるために車体自体は戦車型と同一のものが用いられ、操縦室前面のボールマウント式機関銃もそのまま残されている。 しかし、戦車型や7.62cm PaK36(r)搭載型マルダーIIIで備えられていた操縦室のハッチは、後述する戦闘室の変更により、前部が操縦室上面に載った形となったため、必然的に装備する余裕が無くなり、廃止された。 このため操縦手は、乗降や脱出に際し、無線手ともども、後方に開いた隙間を抜けて戦闘区画に這い出し、さらに、ここから車外に出るという2度手間を取らざるを得なくなり、被弾時などの生残性がかなり低くなってしまったのは否めない。 車体の装甲厚は、原型となった38(t)戦車G型から車体と操縦室の前面装甲厚が50mmに強化されていたが、側、後面は15mm、操縦室から前方の上面は15mm、その他の上面は12mmと、前面以外は強力とはいい難かった。 操縦手と無線手の間には、プラガ社がイギリスのウィルソン社からライセンス権を取得して、さらに独自の改良を加えたプラガ・ウィルソン変速機（前進5段／後進1段）が置かれ、その前方に操向装置と最終減速機が配されて、後方の機関室から変速機に結合された駆動軸により得た動力を、車体最前部の起動輪に伝えている。 操縦手の前方には、左右それぞれステアリング・レバーが設けられており、このステアリング・レバーを操作することにより、エンジンからそれぞれ同等の駆動力が伝えられている左右の起動輪の回転速度を制御して、方向の転換を行う。 このため、ステアリング・ギアはブレーキ機構と連動しており、クラッチを踏みながら後方にレバーを引くと、最初のブレーキが作動して回転数が24％減り、引いた側の起動輪の回転速度が遅くなって、引いた側を支点として旋回が始まる。 さらに、レバー上部にはブレーキ・ボタンが設けられており、引きながらこのボタンを押すと、引いた側の操向装置に駆動力が伝えられなくなり、信地旋回が行われる。 そして、左右のレバーを引きながらボタンを両方とも押すと、車両が停止する。 これに加え、足下にはブレーキ・ペダルも備えられていた。 操縦手の左側に位置する無線手席左側にあたる側板にはラックが設けられ、送受信が可能な超短波無線機Fu.5が搭載されていた。 このFu.5は、出力10Wで周波数は27,200〜33,000kHz、有効送受信距離2〜3kmで、ドイツの戦車が標準装備としていた無線機でもあった。 無線手は、前面に備えられた7.92mm機関銃MG37(t)（オリジナルの呼称はZBvz.37）の操作も行うが、必要に応じて操縦手の足下に設けられたフットペダルを踏むことで、操縦手が射撃を行うことも可能であった。 また、操縦室の中央部には、前方に倒れるトラベリング・クランプが設けられ、クランプの下には、前方に倒した際に車体によって水平位置で止まるよう、鋼板が溶接されている。 車体中央は戦闘区画とされ、操縦室の後方から機関室隔壁までの車体上面装甲板は姿を消してオープン・トップとされ、戦車型で備えられていた弾薬箱などは全て取り外されて、車内を大きな空間として、砲手を兼ねる車長と装填手の作業スペースを確保している。 操縦室の後方と機関室隔壁の間にはT字型の架台が新設され、この上に7.5cm PaK40／3を砲架ごと載せているが、当然ながら、防盾は新たに設計された円弧状のものが装着されている。 この新型防盾の採用により、砲を大きく旋回した場合でも、前面には隙間が生じなかった。 また、7.62cm PaK36(r)搭載型マルダーIIIでは、砲の射角は左右各21度ずつだったが、このマルダーIII H型では、左右各30度ずつに増えているのも見逃せない。 戦闘区画の左右には弾薬箱が配され、弾薬搭載量から考えて、左右それぞれ16発ずつを収めているものと思われる。 機関室の隔壁には、左右それぞれ折り畳み式のシートが設けられ、戦闘区画左側には車長兼砲手、右側には装填手がそれぞれ位置している。 このシートの間にはトラベリング・ロックが設けられ、走行時には前方と後方で固定される方式を採っていた。 後方は、エンジンとその補機類、およびラジエーターと冷却ファン、燃料タンクを収める機関室となっている。 ラジエーターには64リッターの冷却水が収容され、エンジンの左右に配された燃料タンクは、それぞれ110リッターの容量を有している。 ラジエーターはエンジンの直後に置かれており、その後ろには円形の冷却ファンが設けられ、機関室後部上面のグリルから、熱した空気を車外に排出する。 また、エンジンへの空気吸入は、機関室左右に張り出した部分に開口部を設けて、ここから導入している。 車体リア・パネルには円形の冷却ファン点検蓋が設けられているが、この蓋の中央部には、冬季時などにエンジンを強制始動させるためにクランク棒差し込み口が開口されており、通常は装甲カバーが装着されている。 38(t)戦車は、1942年7月以降の生産車では、従来のプラガTNHP／S 直列6気筒液冷ガソリン・エンジン（125hp／2,200rpm）から、出力増大型のプラガACエンジン（150hp／2,600rpm）に換装しているが、本車の場合、1942年11月から生産がスタートしたので、当然ながら全車が、最初からこのエンジンを装備して完成した。 また、改造車の場合も、作業に際してプラガACエンジンに換装したものと思われる。 機関室の上面には、左右に軽め穴を開けた薄い鋼板が備えられ、その後部には、パイプを溶接したラックが溶接され、さらに強度を高めるために、機関室後端に支柱を立てて装着されているが、これらは、戦闘時に空薬莢受けとして用いられた。 |
●戦闘室の構造 7.62cm PaK36(r)搭載型マルダーIIIでは、車体上面の上に上部構造を載せて、さらに主砲に小型の防盾を装着していたが、このマルダーIII H型では、全く新しい形の戦闘室が採用された。 この戦闘室は、前、側面15mm、前部上面15mmの装甲厚を備える鋼板で構成され、車体側面に水平に溶接された10mm厚の鋼板に、戦闘室側面を10個のリベットで固定し、側面と前面の装甲板も10個のリベットを用いて固定されていた。 また、上面の装甲板は、前面および側面装甲板と26個のリベットで固定され、さらに側面にも、4個のリベットが用いられている。 戦闘室左右の側面内側と、上面の装甲板にはペリスコープが装着されており、上面の開口部には、後方にヒンジを持つ開閉式カバーが設けられていた。 降雨時や降雪時には、開口部はキャンバス・カバーで覆われるが、このため戦闘室側面には、左右それぞれ6本の固定用フックが溶接され、上面装甲板には、キャンバス・カバーを張るためのロッドが溶接されている。 なお、このキャンバス・カバーには、上面のペリスコープを用いる際の視界を得るために、その部分がセルロイドの透明部とされていた。 戦闘室左右壁面には、右側に4発、左側に2発の即応弾を収めるクイック・リリース式ラックが備えられているので、戦闘区画内に置かれた弾薬箱に収容された分と合わせて、主砲弾38発が搭載されていることになる。 |
●主砲の構造 マルダーIII H型が装備した主砲は、中口径対戦車砲の決定版7.5cm PaK40を車載型とした46口径のPaK40／3で、1942年から、IV号戦車やIII号突撃砲などの主砲としても広く用いられている。 弾薬はPz.gr.39徹甲弾を主に用い、これに、軟目標や対人用のSp.gr.39榴弾を組み合わせて搭載した。 一応、より強力なタングステン弾芯を鋳込んだPz.gr.40高速徹甲弾も、使用弾種としてリストアップされてはいるが、実際にはタングステン鉱がほとんど無かったため、装備されることは稀であった。 Pz.gr.39徹甲弾を用いた場合、初速790m／秒、射距離1,000mで衝角60度の89mm厚装甲板を貫徹することが可能だった。 垂直装甲板の場合の貫徹力は116mmで、これは、当時の連合軍、ソ連軍戦車を前面から攻撃して撃破するのに、何ら問題が無かったことを示している。 砲の俯仰角は−5〜＋22度、射角は左右それぞれ30度ずつであった。 |
●生産 マルダーIII H型は、1942年8月に、219-3951／42Hの発注番号で最初の50両が発注されている。 しかし、BMM社の生産能力は、工場のサイズなども手伝い満足とはいえず、当時生産が進められていた7.62cm PaK36(r)搭載型マルダーIIIと並行して生産を行うことは不可能であった。 このため、本命である7.5cm PaK40を搭載するマルダーIII H型の生産に入ったのは、7.62cm PaK36(r)搭載型の生産が終了した1942年10月末からで、生産中に、より簡略化を図った新型車台の生産に入ったため、翌43年5月の生産終了までに275両が完成するのにとどまった。 性能的には十分なものを備えた本車であったが、275両と決して多くはない生産数に終わったのは、より生産性が向上した新型車体を採用したマルダーIII M型が代わって生産に入ったからに他ならない。 なお、ドイツ軍は本車に対し、「シグマー」のコードネームを与えており、前線で兵士たちから「マルダーIII」と呼ばれてはいたものの、本車が生産中に制式呼称としてこの呼び名が与えられたことは無く、生産終了後の1944年3月に入って、ようやく「マルダーIII H型」の制式名が与えられている。 また、これら新規生産車に加えて、前線からオーバーホールなどのために後方に引き上げられた38(t)戦車をベースとし、マルダーIII H型への改造作業が並行して進められた。 当初の計画では、1943年9月までに改造キット338セットを製作することが求められたが、最終的な改造車の数は、工場のドキュメントによると336両とされている。 この結果、新規生産車と合わせてマルダーIII H型は611両が完成したことになる。 本車は、機甲師団や機甲擲弾兵師団、歩兵師団の戦車駆逐大隊と、独立戦車駆逐大隊に配属され、東部、チュニジア、イタリアなどの各戦線に投入されており、高い砲威力を生かして活躍している。 |
＜38(t)7.5cm対戦車自走砲マルダーIII H型＞ 全長： 5.77m 車体長： 4.56m 全幅： 2.16m 全高： 2.51m 全備重量： 10.8t 乗員： 4名 エンジン： プラガAC 直列6気筒液冷ガソリン 最大出力： 150hp／2,600rpm 最大速度： 47km／h 航続距離： 240km 武装： 46口径7.5cm対戦車砲PaK40／3×1 （38発） 7.92mm機関銃MG37(t)×1 （600発） 装甲厚： 8〜50mm |